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BAND MESCATA

2006年 11月 / ポスター・フライヤー作成

担当 / Eiko Goto

BAND MESCATA

私には二人の姉がいる。1人は音楽講師・ピアニストである姉と
もう一人は何でも器用にこなし、カリスマ的な印象をもたらす姉。
名は優子。優子姉は私と違い、容姿にも恵まれ、頭もよく、
派手なことが好きだった。昔から。

若いころから音楽活動をしていて、ベース、
そしてヴォーカルを担当し
その勢いは久留米から福岡、そしてイギリスの
ロンドンまで及んだ。

彼女はハードロックが好きで、へヴィーメタルに影響され、
スタイルもそんな風貌をしていたが
福岡にすみはじめたころから少しずつ変わった。
外人の友人ばかりになっていき
そして数年後単身でロンドンに渡った。

ロンドンに住んで彼女は性格以外は完全に変わった。
お洒落な人に変身、
音楽もジャズや、ソウルミュージックなど幅を増やしていった。

彼女がロンドンに行って8年ほど経ったとき、
母から一本の電話が。

「英子、驚かずに聞いてね。」母は言った。
いつものごとく、また、
誰かが離婚したとかそんな話かと思った。

「優子がね癌なのよ。」彼女はレベル4の胃がんだった。
なぜそう結果になったかはわからない。

入院してもう、あとどのくらいもつか分からない、
かなりまずいという状態で連れて帰国してるとき
飛行機の上で亡くなったらどうしよう、
お墓はロンドンでは埋葬になるなど、家族は
姉の体以外にもいろんなことを心配した。

が、ロンドンにつくと姉はピンピンしていた。
それどころか病気のせいでかなりスリムで美人になっていた。
どうみても病人じゃない。

どうやら胃のバイパス手術が成功したらしく
食べ物が食べれる状態になって
元気がでて退院したらしい。
それから日本に帰国し、約1年、彼女は頑張った。

その1年の間に彼女は3回のライブをこなした。
このライブポスターはラテンジャズのセッションということで
パーカッション、キーボード、ギター、そしてヴォーカルの構成。
陽気に踊り歌う人々をイメージした。
気分がのって4時間で5種類ほどデザインしたので姉は驚き、
喜びそしてこれを選んだ。
姉は私を応援してくれていたようでその後のライブポスターも
作成を依頼してくれたが
三回目のライブは入院中抜け出して唄った。

そのときそのライブ出場を止めなかったのは私だけである。
好きなことをさせてあげたかった。
そしてライブ会場には私が車で連れて行った。
待ち合わせの30分くらい遅刻をしたので彼女は怒っていた。
しかしその待ち合わせの合間にマックを食べた姉が
まさか二か月後に帰らぬ人になろうとは。
そして私は姉にとって意識がある時に密な時間を過ごした
最後の人間だった。
これは私の別のブログにある。

「焼きたてパンにはまりませう-最後の日」

姉は今でも天国で唄い続けているだろうか。
きっといろんな亡きアーティストをセッションを組んで
ライブをしてたりしてなんて思いながら
今日も姉の写真の前に熱いコーヒーを置いた。

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